『”日本”とは、』

予め断っておこう。
僕はこの国で生まれてこの国で育ち、この国で生きてきた。そしてこの国の中で一時期は日々「死にたい」とすら思いながら生きていたし、ひょっとしたら今もその一部は僕のどこかに息づいているのかもしれない。それが何故だかは未だに自分でも整理をつけられていない、そのことは良きも悪きも認めていかなければならないし、そういうものなのだと今の自分は思っている。


けれども、僕は日本が大好きだ。日本人であることを誇りとし、生まれ育ってきた"この場所"を、愛している。






その上で、問いたい。
お前たちの言う"日本"とは、いったい何なのだ。



"日本"を変えると言う。"日本"を守ると言う。お前たちの言う"日本"とは、何なのだ。
"日本人"の誇りとは、何なのだ。"日本人"とは、誰のことなのだ。



僕自身が僕自身の存在について曖昧なままの人間だから、君にこの問いに対しての完璧な答えは求めていない。その答えは人によって異なるものにもなるだろう。答えを求める中で詰まってしまったのなら、「こうこう考えたのだけど、詰まってしまった。けれども自分はこう思う。」と言ってくれたら、それでいい。
だけれども、この根本的な問いに対する答えを探すことだけは、止めないでほしい。でないと、"日本"という名の空虚な虚像のみがそこに存在することになる。そのために、もう一度考えてほしい。"日本"とは何なのか、"日本人"は何故に日本人なのか。立ち止まらないでほしい、迷っていてもいいから。
今回の選挙が、多くの人がその答えを立ち止まらずに考えた結果であることを、願わずにはいられないよ。





もう一度、問おう。
お前たちの言う"日本"とは、いったい何なのだ。


僕の答え、僕にとっての"日本"とは、